22日の東京集会・最高裁の報告
朝、関西はそれほど悪い天気ではなかったのに、新幹線で横浜あたりから雨。東京駅から乗ったタクシーの運転手さんも、「今日は3月なみの寒さってラジオで言ってました」。
荒天の中、里美さんの最高裁申し入れ行動に、16人の方々が集まってくださいました(上京した里美さんと事務局・平田を含め、18人)。雨の中、合羽を着て電動車椅子で駆けつけてくださった方も3人おられました。
国会にほど近い星陵会館で、午後1時から簡単な集会。
平田から、支える会の結成とその後の活動の経緯などの簡単な報告の後、里美さんから30分ほど訴え。里美さんは、当初裁判になるなどと思いもよらなかったこと、信じていた会社に裏切られて裁判に訴えたものの支援もなく、どうしようもなかった一審段階、「支える会」ができ、テレビでのドキュメンタリーの放映もあって一部勝訴した二審と、経過と思いを語られました。そして「JRに対してもの申したい。いまは、事件を起こした本人に対する怒りよりも、JRの体制に対する怒りの方が強い。一審でも本人が『やった』と認めた、二審では裁判所がその責任を認めた。その本人が、会社にまだとどまってる。一般の企業では考えにくいこと。またセクハラ相談室社員が、2次的セクハラ被害を相談者に与えるという、根本的に許されない対応をJR西はおこなっている。それにもかかわらず、企業としての法的責任は問えないと大阪高裁は位置付けた。これに激しく異議を感じている。」
「だからこそ、世間の方々に、”こういう事件”が起こることがあるんだ、こうなった場合、どう対処すればいいのか、とにかく”考える”きっかけになってほしい。こういう事件があるってことをみなさんに知らせてほしい。」と結ばれました。
続いてDPI女性障害者ネットワークの南雲さんから、障害をもつ女性の生きにくさ、複合差別の調査(※「障害のある女性の生活の困難―人生の中で出会う複合的な生きにくさとは―複合差別実態調査報告書」としてまとめられています)に、里美さんに協力してもらったこと、その調査の結果、一番多かったのが性的被害で、職場・病院・施設などで、身内・親戚から被害にあっていることが明らかになった。差別禁止法に、障害をもつ女性ということを、明文で入れていきたい、との発言がありました。
最高裁のアポの時間があり、集会を14:20に切り上げ、雨の中を15分ほど歩いて、最高裁へ向かいました。
雨がひどくなってたいへんだったのですが、最高裁の門前では、守衛さんに来訪を告げたものの「担当者が来るまでしばらくお待ちください」と、雨のふりしきる歩道上で10分ほども待たされました。
担当の方が出てこられて、門から建物入口へ、そして迷路のような館内を会議室へ、と延々と歩かされて、やっと申し入れ開始。
担当されたのは、「最高裁判所 裁判部 訟廷主席書記官補佐」の植松実さんお一人。植松さんからは、今日聞いた話を報告書にまとめて、書記官(担当は佐野書記官と言っておられた)に伝えるとの説明。
冒頭、持参した上申書55通と署名203筆を渡しました。上申書は、上告人の里美さんの署名捺印をしてお渡しし、裁判書類として扱われるとのことでした。署名については、「支える会」として提出したので、「受領書」をいただきました。
里美さんから、JR西のセクハラ相談室の対応のひどさについて話し、JR西会社は、世間に責任ある立場であることを認識すべき、そういうことも含めて裁判所は再度考えてほしい。障害のある女性が働くということがどれだけ難しいかということを考え、審理してほしい。厚労省が定めたセクハラ対応マニュアルがあるが、その中に被害者のプライバシー保護という項目がある、しかし自分は、JRの社内で風評被害にあった、なぜ?他の無関係な社員が知っているのか、会社が漏らしたとしか思えない。JR西は法を守ってほしい。と提起。
南雲さんから、障害をもつ女性は二重の生きにくい部分がる。障害をもつ女性に「どういう差別を受けたか」アンケートしたら、一番は性的被害。しかし、オモテには出てこない。今回のアンケートでは、心の奥につまった悲しい思いを話してくれた。そういうことを理解してほしい、と提起。
他の参加者からも、二審判決の「2回め以降は恋愛関係」という非常識な判断のおかしさ、障害者であり女性であり非正規雇用という弱い立場の者に対する卑劣な犯行であったこと、性的被害の提訴は被害で受けた以上の被害を受けるにも関わらず訴え続けているたいへんさを考えるべし、多くの女性が泣き寝入りさせられている日本の企業風土の問題がありそれを助長するようなことを裁判所がする責任は重い、等々の訴えがなされました。
植松さんは、メモをとりながら聞き入っていました。途中、植松さんから、「弁論を開いてとの要求はないのですか?」と言われ、こちらは当然にも求める旨返答したところ、「それならそう明示で言ってください」ということで、「弁論を開くことを求める」旨を明確にし、記録してもらいました。
植松さんは、「時間はかかるでしょうが」「要請があればいつでも(申し入れに)応じますので、言ってください」とも言っていました。数ある申し入れをこなしてきた最高裁事務方の“手慣れた対応”という印象もありましたが、「超拙速な門前払い」はされないのかな、とも思える対応でした。幻想は全く抱くことはできませんが、形だけではあっても直接訴えをぶつけることができたのは、大きかったのではないか、と思いました。

荒天の中、たいへんな行動となりましたが、とても充実した行動になりました。準備していただいた、そして駆けつけてくださった関東のみなさんに、本当に感謝です。帰りの新幹線の車中で、里美さんとも、“ホントにいい行動ができましたね”と確認しあって、帰ってきました。里美さんも、本当にお疲れさまでした。
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